2017年08月14日

夏の終わり

西高OBオケの夏が今年も終わりました。
聴きに来て下さったみなさん、一緒に演奏してくれたみなさん、
そして事務局のみなさん、ほんとうにありがとうございました。

一日子守してくれた夫にも、大感謝!


〜〜

演奏したチャイコフスキーの4番は、
16年前高校二年生の夏に演奏した曲でした。
大祝(大学祝典序曲)、真夏の夜の夢と共に、
高校生活で最も思い入れのある曲です。
今までの人生の丁度半分の頃と、同じ先生の指揮で演奏できるとは!


演奏したパートこそ違えど、場面ごとに、
高校生の頃、演奏した人たちの顔や仕草、替え歌等々思い出されます。


正義感というのか義憤というのか、
人間関係の氣まずさを何とかしようとして却ってこじけさせてしまったことや、

ドンパの家族の大変な事情を知らずしつこく練習に誘ってしまったこと、
吹きたいように吹けなくて部室に行くのを拒み
ひたすら音楽室のいつもの隅で始業前から練習しまくっていたこと…

今、演奏していて当時の残像と共に蘇ってくるから不思議です。


それだけ、たった一曲と
その時の生きている様が密接していたのだなぁと思います。

〜〜

あとは、オケで演奏することの楽しさを
改めて実感しました。

練習も勿論ですが、本番は一音ずつに
その瞬間のいのちを燃やして吹いている感があります。

おしめを洗っているとき、あるいは
こどもとゴロゴロ布団に寝転がって遊んでいるときと
優劣はつけてはいけないのだけれども!

その音を発する一瞬に懸けるエネルギーはものすごいものがあって、
イメージと一致したものが出せて且つ
それが全体と調和したときの氣持ち良さは、
命懸けで演奏している人にしか味わうことのできないものなのかなと
勝手に想っています。

演奏中の時間はとても濃く流れているように感じるのです。


数年前にヨガの概念を知って、
氣付いたら呼吸への意識をするようにしているのですが、
楽器の演奏中ほどしっかりと吐いて吸うこともないかもしれません。

演奏後は集中したことも有り疲労感こそあるものの、
よく空気が入れ替わったカラダはとても心地よく感じられます。


今、練習できる環境が殆どなくなって、
あの頃の贅沢を想います。

スタミナはすっかり落ちてしまいました。
ところが、なぜでしょう、
高い音はそれほど苦労せずに出せるようになったのです。
(どんなに力を入れても出なかったのに…あ!だからか〜)

力の抜き方を少しは覚えたと考えて良いのかなぁ…


高校生の時には経験していなかったことを
今は沢山通り抜けた自分が同じ楽譜に向き合っています。
景色、人、植物、
悔しかったこと、哀しかったこと、嬉しかったこと、しあわせだったこと、
パートナーを得たこと、おチビさんとの日々。

あの頃持っていなかった要素が(勿論失ったものもあるかも知れないけれども!)
新たに自分に加わって、それらもまた今の私の音を創ってくれているのかなとも思います。


いつかのOBオケの夜、帰るのが惜しくこの時間を終わりにしたくなくて、
酔っ払って朝までみんなでぐだぐだして散らかった私のアパートで
みんなで雑魚寝したこともあったなぁ。
世代を超えてその氣持ちと時間を共有できるのは、
それぞれの高校時代のこのオケでの濃密な時間があったからかも知れません。

とにもかくにも、今年の夏が終わりました。
またの再会を楽しみに、緩急つけながら日々を踏みしめていきたいと思います。

二年ぶりのOBオケが嬉しくて、順不同にぐじゃぐじゃ書いてしまいました。乱筆失敬!
posted by こはるん at 00:42| 北海道 ☔| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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